妊娠中の高血圧管理を各国で比較することで見えてくること
Title:
Current concepts in the management of hypertension in hypertensive disorders of pregnancy: a systematic review of international guidelines
タイトル:
妊娠高血圧症候群の血圧管理の現状:国際ガイドラインの系統的レビュー
著者:
Danielli M, Moothathamby T, Khanji MY, Wiles K, Gupta A.
ジャーナル:
Eur J Prev Cardiol. 2025 Jun 28:zwaf373. https://doi.org/10.1093/eurjpc/zwaf373. Online ahead of print.
KeyPoint
妊娠高血圧症候群(HDP)は世界的に母体および周産期の罹患・死亡の主要因であり、管理戦略の最適化は母体内科・周産期医療における重要課題です。本レビューでは、各国のガイドラインを比較し、妊娠中の高血圧の定義、予防、診断、薬物治療に関する最新の知見を整理し、共通点・相違点・知識の空白領域を明らかにしました。その結果、ガイドライン間には特に以下の点で大きな差異が認められました。・薬物治療開始のタイミング
・治療開始後の目標血圧値
・妊娠中の降圧薬として使用すべき薬剤
・妊娠中の血圧改善のために運動・食事・減量が推奨されるか否か
・予防的low dose aspirinの開始時期、容量
以上から各国ガイドライン間には多くの不一致点が存在することが判明し、これらのテーマに関するさらなるエビデンスの蓄積が求められると考えられました。
【目的】妊娠高血圧腎症は、母体および胎児・新生児の合併症リスクを高める主要な原因のひとつであり世界中で母子死亡・罹患率を上げている。国際的にガイドラインは多数あるが、定義、診断基準、治療開始の血圧値、治療目標、薬剤選択、非薬物的介入などの点でばらつきが見られる。そこで、「どこが一致していて、どこが異なるか」を比較し、将来の研究・指針改善に向けて知見を整理することを目的とした。
【方法】探索期間:2010年1月〜2024年4月の間に発行された国際的なガイドラインを対象に、MEDLINE, EMBASE, ECRI Guidelines Trust, Guidelines International Networkなどを用いて検索した。英語で公表され、他のガイドラインからの派生ではないものを対象とした。選定したガイドラインを対象として、Hypertensive disorders of pregnancy (HDP)やPre-eclampsia (PE)の定義、診断基準、薬物治療および非薬物的治療、治療開始基準、降圧目標などに関して比較した。
【結果】日本を含む11のガイドラインと一つの科学的声明が対象となった。多くのガイドラインでgestational hypertension (GH) の定義は妊娠20週以降に初めて見られた高血圧(140/90mmHg以上)ということで一致していた。一方PEの診断基準に関しては診断対象となる臓器に差異が認められた。
非薬物療法に関してはガイドラインによって様々だった。塩分制限に関しては3つのガイドラインはGHまたはPEの予防を目的とした塩分制限を推奨していない。一方、American College of Obstetricians and Gynaecologists (ACOG)、Canadian Society of Obstetrics and Gynaecology (SOGC)、およびクイーンズランドは証拠不十分のため推奨を提示できないとしている。食事療法に関してもガイドラインによって違いが大きい領域だった。SOGCは、過体重または肥満患者に対するPEリスクを軽減する低グリセミック指数食品および低カロリー食の利点に言及している。体重管理については母体と胎児への栄養充足を確保するために必要な微妙なバランスを考慮すると妊娠中の具体的な推奨事項は存在せず、ほとんどのガイドラインで妊娠中の体重管理に関する推奨事項は提供されていなかった。妊娠中の適度な運動の有益性については、ほとんどのガイドライン間で一致していた。定期的な身体活動は心血管系の健康全般を促進し、妊娠中の血圧管理に寄与する可能性があり、結果としてGHおよびPEの発症リスクを低減すると考えられている。週に最低140分の運動を推奨しているものや、有酸素運動、ストレッチ、筋力トレーニングを組み合わせた中程度の身体活動を推奨しているものなどが見られた。
予防的介入として、PE予防のためにlow dose aspirinは対象となったガイドライン全てで推奨されていた。ただし推奨用量は75~162mgと幅があり、また大半のガイドラインでは妊娠16週以前での開始を推奨しているが、妊娠12~26週の開始例も報告されていた。また一部のガイドラインでは、PEリスクの高い女性に対して特に食事摂取量が低い女性に対するカルシウム補給を推奨していた。カルシウム投与量はガイドライン間で異なり500mg~2.0g/日の範囲であった。
薬物療法としては、降圧薬投与開始の具体的な血圧閾値や治療目標値はガイドラインによって異なっていた。治療開始基準値を明記していないガイドラインもあるが、大多数のガイドラインでは血圧140/90 mmHg超を治療開始の閾値としていた。血圧の目標値はさらに多様であり、National Institute of Health and Care Excellence (NICE)とSociety of Obstetric Medicine of Australia and New Zealand (SOMANZ)は目標を≤135/85 mmHgと推奨しており、SOGCとクイーンズランド州も同様に拡張期血圧目標値を85 mmHgに設定している。一方、Brazilian Society of Cardiology (SBC)は<130–150/80–100 mmHgを推奨、German Society of Gynaecology and Obstetrics (DGGG)は<150/80–100 mmHgを目標としている。ACOGとWorld Health Organization (WHO)は特定の目標値を指定しておらず、治療閾値と目標値に関するコンセンサスが欠如していることを示唆している点に留意すべきである。
推奨される経口降圧薬に関しては、経口ラベタロール(1日2~3回、100~400mg)がほとんどのガイドラインにおいて第一選択薬として位置付けられていた。メチルドパも妥当な選択肢とみなされており、SOMANZおよびDGGGでは第一選択治療として推奨されていた。カルシウム拮抗薬であるニフェジピンはSOGCおよびEuropean Society of Cardiology/ European Heart Society (ESC/ESH) ガイドラインでは第一選択治療として、ACOGおよびNICEでは第二選択治療として挙げられていた。ヒドララジンは通常第一選択薬とは見なされないが、他の治療法で十分な血圧コントロールが達成できない場合に検討されることがあるとされているものが多かった。
PEに対する唯一の根治的治療法は分娩であるが、緊急の血圧管理を要する状況では、ラベタロールやヒドララジンなどの経口または静脈内投与薬が複数のガイドラインにおいて最も推奨される降圧薬であった。推奨用量は様々で最大用量として0.5~20mg/時間から2~160mg/時間まで幅があった。経口ニフェジピン徐放剤も全ガイドラインで推奨されており、経口メチルドパはinternational Society for the Study of Hypertension in Pregnancy (ISSHP)、NICE、SOGC、WHOおよびESC/ESHによって推奨されていた。静脈内ヒドララジンはいくつかのガイドラインによって推奨されていたが、ESC/ESHでは第一選択薬ではなく、他の治療法が失敗した場合にのみ使用されると述べていた。
【結論】各国のガイドラインを比較した本レビューにより、今後の課題が見えてきた。降圧薬を開始する最適な血圧値や、治療した際の血圧目標についてのさらなるエビデンスが求められ、また非薬物的介入の標準化が必要と考えられた。また予防的介入として、アスピリンの対象者の明確化や推奨量、開始時期を統一する余地があると考えられた。
【参考文献】
1.Jiang L, Tang K, Magee LA, von Dadelszen P, Ekeroma A, Li X, et al. A global view of hypertensive disorders and diabetes mellitus during pregnancy. Nat Rev Endocrinol 2022;18:760–775.
2.Say L, Chou D, Gemmill A, Tuncalp O, Moller AB, Daniels J, et al. Global causes of maternal death: a WHO systematic analysis. Lancet Glob Health 2014;2:e323–e333.
【方法】探索期間:2010年1月〜2024年4月の間に発行された国際的なガイドラインを対象に、MEDLINE, EMBASE, ECRI Guidelines Trust, Guidelines International Networkなどを用いて検索した。英語で公表され、他のガイドラインからの派生ではないものを対象とした。選定したガイドラインを対象として、Hypertensive disorders of pregnancy (HDP)やPre-eclampsia (PE)の定義、診断基準、薬物治療および非薬物的治療、治療開始基準、降圧目標などに関して比較した。
【結果】日本を含む11のガイドラインと一つの科学的声明が対象となった。多くのガイドラインでgestational hypertension (GH) の定義は妊娠20週以降に初めて見られた高血圧(140/90mmHg以上)ということで一致していた。一方PEの診断基準に関しては診断対象となる臓器に差異が認められた。
非薬物療法に関してはガイドラインによって様々だった。塩分制限に関しては3つのガイドラインはGHまたはPEの予防を目的とした塩分制限を推奨していない。一方、American College of Obstetricians and Gynaecologists (ACOG)、Canadian Society of Obstetrics and Gynaecology (SOGC)、およびクイーンズランドは証拠不十分のため推奨を提示できないとしている。食事療法に関してもガイドラインによって違いが大きい領域だった。SOGCは、過体重または肥満患者に対するPEリスクを軽減する低グリセミック指数食品および低カロリー食の利点に言及している。体重管理については母体と胎児への栄養充足を確保するために必要な微妙なバランスを考慮すると妊娠中の具体的な推奨事項は存在せず、ほとんどのガイドラインで妊娠中の体重管理に関する推奨事項は提供されていなかった。妊娠中の適度な運動の有益性については、ほとんどのガイドライン間で一致していた。定期的な身体活動は心血管系の健康全般を促進し、妊娠中の血圧管理に寄与する可能性があり、結果としてGHおよびPEの発症リスクを低減すると考えられている。週に最低140分の運動を推奨しているものや、有酸素運動、ストレッチ、筋力トレーニングを組み合わせた中程度の身体活動を推奨しているものなどが見られた。
予防的介入として、PE予防のためにlow dose aspirinは対象となったガイドライン全てで推奨されていた。ただし推奨用量は75~162mgと幅があり、また大半のガイドラインでは妊娠16週以前での開始を推奨しているが、妊娠12~26週の開始例も報告されていた。また一部のガイドラインでは、PEリスクの高い女性に対して特に食事摂取量が低い女性に対するカルシウム補給を推奨していた。カルシウム投与量はガイドライン間で異なり500mg~2.0g/日の範囲であった。
薬物療法としては、降圧薬投与開始の具体的な血圧閾値や治療目標値はガイドラインによって異なっていた。治療開始基準値を明記していないガイドラインもあるが、大多数のガイドラインでは血圧140/90 mmHg超を治療開始の閾値としていた。血圧の目標値はさらに多様であり、National Institute of Health and Care Excellence (NICE)とSociety of Obstetric Medicine of Australia and New Zealand (SOMANZ)は目標を≤135/85 mmHgと推奨しており、SOGCとクイーンズランド州も同様に拡張期血圧目標値を85 mmHgに設定している。一方、Brazilian Society of Cardiology (SBC)は<130–150/80–100 mmHgを推奨、German Society of Gynaecology and Obstetrics (DGGG)は<150/80–100 mmHgを目標としている。ACOGとWorld Health Organization (WHO)は特定の目標値を指定しておらず、治療閾値と目標値に関するコンセンサスが欠如していることを示唆している点に留意すべきである。
推奨される経口降圧薬に関しては、経口ラベタロール(1日2~3回、100~400mg)がほとんどのガイドラインにおいて第一選択薬として位置付けられていた。メチルドパも妥当な選択肢とみなされており、SOMANZおよびDGGGでは第一選択治療として推奨されていた。カルシウム拮抗薬であるニフェジピンはSOGCおよびEuropean Society of Cardiology/ European Heart Society (ESC/ESH) ガイドラインでは第一選択治療として、ACOGおよびNICEでは第二選択治療として挙げられていた。ヒドララジンは通常第一選択薬とは見なされないが、他の治療法で十分な血圧コントロールが達成できない場合に検討されることがあるとされているものが多かった。
PEに対する唯一の根治的治療法は分娩であるが、緊急の血圧管理を要する状況では、ラベタロールやヒドララジンなどの経口または静脈内投与薬が複数のガイドラインにおいて最も推奨される降圧薬であった。推奨用量は様々で最大用量として0.5~20mg/時間から2~160mg/時間まで幅があった。経口ニフェジピン徐放剤も全ガイドラインで推奨されており、経口メチルドパはinternational Society for the Study of Hypertension in Pregnancy (ISSHP)、NICE、SOGC、WHOおよびESC/ESHによって推奨されていた。静脈内ヒドララジンはいくつかのガイドラインによって推奨されていたが、ESC/ESHでは第一選択薬ではなく、他の治療法が失敗した場合にのみ使用されると述べていた。
【結論】各国のガイドラインを比較した本レビューにより、今後の課題が見えてきた。降圧薬を開始する最適な血圧値や、治療した際の血圧目標についてのさらなるエビデンスが求められ、また非薬物的介入の標準化が必要と考えられた。また予防的介入として、アスピリンの対象者の明確化や推奨量、開始時期を統一する余地があると考えられた。
【参考文献】
1.Jiang L, Tang K, Magee LA, von Dadelszen P, Ekeroma A, Li X, et al. A global view of hypertensive disorders and diabetes mellitus during pregnancy. Nat Rev Endocrinol 2022;18:760–775.
2.Say L, Chou D, Gemmill A, Tuncalp O, Moller AB, Daniels J, et al. Global causes of maternal death: a WHO systematic analysis. Lancet Glob Health 2014;2:e323–e333.
(文責:岡﨑 有香)